「半育休」という選択が教えてくれた、完璧をやめるということ
育休中も働ける「半育休」を選び、週10時間から仕事に戻ったヨシケイ信州の広報・八木誌織さん。管理栄養士からの転身、第一子出産、完璧主義を手放した日。子育てとキャリアのあいだでゆらぎながら前へ進む、等身大の働き方を聞きました。
仕事と家庭、どちらを先に置くのか。そんな問いに、明確な答えを出せる人はそう多くないはずです。子どもが生まれれば生活は一変し、キャリアへの思いと育児への責任が複雑に絡み合う。それでも「続けたい」という気持ちだけは、静かに灯り続けます。
長野県松本市に拠点を置くヨシケイ信州で、広報担当として働く八木誌織さんは、まさにそうしたゆらぎを経験してきたひとりです。管理栄養士から広報職への転身、第一子出産を経た「半育休」の活用、そして第二子出産を間近に控えた今。穏やかに話す彼女の言葉をたどると、完璧を求めることをやめた先にある、静かな豊かさが見えてきます。

東京から松本へ。「半分妥協」から始まった転職
八木さんがヨシケイ信州に入社したのは、2022年5月のこと。
それ以前は、東京の保育園で管理栄養士として勤務。子どもたちの食を支える仕事を「すごく好きだった」と振り返る表情に、当時の充実感がにじみます。やりがいを感じていたものの、結婚を機に松本へ移ることになり、職探しがスタート。
「転職は結構難しくって。東京と長野って、同じ仕事でも条件や待遇が全然違ってくる」と彼女は話します。
期限もあるなかで、とあるドラッグストアに管理栄養士として就職しましたが、実際には販売員の仕事がメイン。さらに、シフト制で夜10時まで働く日もあり、それに加え自宅から約1時間の通勤が続く毎日でした。
「管理栄養士としての仕事が1割にも満たなくて、やりがいがわかない毎日。重たい荷物の上げ下げもあり、今後、妊娠や出産、子育てのことを考えたときに、本当にこの仕事を続けられるのかなって思っていました」
そんな疑問が、再び転職へと背中を押すことに。およそ半年、仕事と暮らしの間で迷いながら、求人サイトを眺める日々が続きました。

「楽しそう、やってみたい」という直感
ある日、八木さんの目に留まったのがヨシケイ信州の求人でした。
「食材をお届けする会社」という点が、まず彼女の「食に関わり続けたい」という軸と重なりました。その求人の内容は、SNSの発信を担当する広報職。
「今まで全然やったことがなかったんですけど、元々発信することも人と関わることも好きだったので、単純にその求人を見たときに、あ、楽しそう、やってみたいかもって思ったんです」
さらに、面接で在宅勤務も可能だと聞き、“かも”が確信へと変化。「食という部分で、管理栄養士の経験を活かせそうというのと、今後のライフプランによって在宅も選べる。素直にここで働きたいなって思いました」。この食への情熱と、子育てを見据えた働き方への希望。その二つが重なった瞬間でした。
「あったかい会社」への驚き
2022年5月、ヨシケイ信州に入社。初出勤の日、八木さんが感じたのは驚きでした。
「新卒で働いたのが食品メーカーの営業で、男性がいっぱいの中でがっつり働いていたんです。ヨシケイ信州の従業員は女性がメイン。だからなのか、こんなに柔らかい会社があるんだ!ってびっくりしました。『いってらっしゃい』『おかえり』という言葉が自然に交わされていて、なんてあったかいんだろうって」

「家族みたいな会社」という言葉が自然にこぼれます。みんなが互いに気にかけ合い、声をかけ合うその空気は、入社から数年が経った今も変わっていないといいます。
女性が多い職場ならではの「お互い様」という感覚も、職場の雰囲気を支えています。家族の体調不良があれば「もうしょうがないよね、みんなで助け合おうね」という空気感が自然に根づいている。それは制度だけでなく、文化として息づいているものです。

「『人が集まるいい会社を目指す』が経営理念なのですが、本当にこの通りの会社だなって思う」と八木さん。そして、直属の上司でもある百瀬修太郎社長について、「お客様が大事ということは大前提ですが、そのためにも従業員を大事にするという考えだなって、近くで見ていて感じます」と続けます。
広報「ゼロ」からのスタート
仕事の内容は、公式LINEやインスタグラムの運営、コーポレートサイトの更新、イベント出店、チラシ作成、社内広報と多岐にわたります。しかし入社当初、広報担当は八木さんひとり。SNS運用の経験はゼロでした。
「好きでやりたいとは思っていたんですけど、実際やってみると、やっぱ壁というか、なかなかうまくいかないことばかりでした」
広報職を一緒に取り組む仲間はおらず、自分でひたすら調べ、試し、また失敗する。「こうしてみよう、でもこっちはだめだったからこっちで、というやり方でやっていった」という試行錯誤の時間が続きました。

「広報担当は自分ひとりだし、なんとかしなきゃいけないというプレッシャーがあって、悩んだ時期もありましたね」
そんなとき、支えになったのは、百瀬社長との日常的な対話だったそう。
「改まった感じで『社長いいですか?』というよりは、業務中に話の流れで、『実はここに悩んでて……』みたいな感じで話せるんです。だから、思い詰める前に相談できたことは、本当に助かりました」
正式な相談の場を設けなくても、自然に言葉が出せる距離感が、ひとりで抱え込む重さを和らげていきました。
妊娠の報告と、在宅勤務へのシフト
2023年初め、八木さんは社長に妊娠を報告。体調が良くない時期が続いたこともあり、比較的早い段階でした。
「『おめでとう、無理しないでね』という感じで、ずっと体調を気遣ってくれて。在宅を増やしていいよとも言ってもらいました」

それまでの在宅勤務はほぼゼロの状態。すぐに仕組みが整備され、妊娠を機にリモートがスタート。広報という仕事が、出社とリモートという柔軟な働き方を可能にしていました。そして、2023年8月、第一子を出産。その後、育休へと入ります。
「半育休」という制度との出会い
産休に入る少し前、百瀬社長から「半育休」という制度の話を受けた八木さん。
半育休とは、育児休業給付金を受け取りながら、定められた就業日数・時間の範囲内で働いて収入を得られる制度のこと。ただし、八木さん自身はそれまで聞いたことがなく、そんな働き方があるんだと思う程度でした。
「まだ子どもを産んだこともないし、子育てしながら仕事なんてできるのかな、というのが正直な気持ちでした」
そしてその場ではすぐに決めず、「ちょっと考えておきます」と答えたといいます。

2人きりの時間が、働く意欲を引き寄せた
育休に入り、毎日が子どもとの時間で埋まる日々。かわいい、それはもちろん。ただ、日中に話し相手がいない孤独感が、少しずつ積み重なっていきました。「生後4〜5ヵ月くらいからかな。徐々に誰かとしゃべりたいなとか、ちょっと自分の時間がほしいと思うように」と、気持ちが動き始めます。そのとき脳裏によみがえったのが、半育休の話でした。
「最初は気分転換になるのかなと思って。ちょっとやってみようって気持ちから始めました」
生後半年を過ぎたころから少しずつ仕事を再開。子どもが昼寝している間に1〜2時間、夜に寝かしつけてから短い時間。週にすると10時間ほどのペースで、少しずつ仕事との接点を取り戻していきました。
気分転換を「仕事」に求めるその選択は、一見不思議に思えるかもしれません。ただ八木さんの場合、自分がイチから作り上げてきた広報という仕事への思い入れが、そこに働いていました。
「実は産休に入る前、会社との関わりがなくなるのがちょっと怖かったんです。自分が、仕事を忘れちゃうんじゃないかというか」。そして、育休中も誰かが代わりに担当しているSNSの配信が、どうしても気になっていたのも理由のひとつ。「好きで、自分がいろいろやってきた仕事だから。完全には離せない気持ちでしたね」。
それは義務感ではなく、仕事への愛着と表現する方が正しいのかもしれません。そして職場への、静かな帰属感でもありました。

一時保育も活用しながら、リズムをつかむ
半育休にも慣れた頃、一時保育も利用し始め、完全に1人になって集中する時間も生まれました。
子どもが起きているときはパソコンを閉じる。その切り替えを基本にしながら自分なりのリズムを探り、半年経たないくらいでペースを掴めた八木さん。
しかし、仕事への集中度が高まる場面も。そんなとき、「子どもにYouTubeを見せながらその間に仕事、ということもあって、それはちょっと罪悪感がありました」と、彼女は振り返ります。
理想通りにはできないこともある。それでも、自分なりの方法を探りながら、生後半年から2歳での保育園入園のタイミングまで半育休を続け、そこから時短勤務として完全復帰。
「半育休を使えるなら、もうちょっと子どもとの時間も取りたいと思って、2歳から保育園を利用し始めました」
保育園に預けることを急がず、子どもとの時間を十分に持てたのも、半育休という選択があればこそでした。

「すっと戻れた」という復帰の実感
完全復帰を振り返り、八木さんがとくに良かったと言うのは、スムーズに仕事へ戻れたこと。
「半育休のおかげで、仕事と少しずつ関わっていたのが大きかったです。がっつり育休を取って、急に復帰ってなったら、結構大変だったと思います」
半育休中に外部のSNS運用の専門家とも連携を開始し、復帰後は二人三脚で広報業務を進めています。AIも活用しながら、コーポレートサイトのブログ更新や公式LINEの配信内容を磨いてきました。
「入社した当初と比べると、かなり成長できたかなと思います(笑)」の言葉通り、素人から始め、試行錯誤を重ね、外部の専門家から学び、ツールも駆使。ヨシケイ信州の広報職は、八木さんとともに育ってきました。
完璧主義を手放した日
子育てと仕事を並走させるなかで、八木さんの中で変化したことがあります。
「子どもを産むまでは、完璧主義なところがあったんです。でも、産後に全部完璧にやろうとするとストレスがすごくて、爆発しそうになったりとかもありました(笑)」
そこで決めたのは、やらなくてもいいを認めること。ただし、「夕食作りだけは譲らない」が自分の中の条件でした。
「食べることも作ることも好きなので、そこを力抜くことだけはしたくなくて。その代わり、掃除の頻度は少なくなりましたね」
おもちゃが散らかっていても、夜にリセットしなくても、『まあいっか』と思えるようになったとき、心にすこし余裕が生まれたといいます。完璧ではない、でも十分。その着地点を自分で見つけられたことが、今の働き続けるための土台になっています。

管理栄養士の知識が、今もそっと生きている
現在の広報業務と、かつての管理栄養士の経験がつながる場面もあります。
例えば、公式LINEでは、スタッフから集めたレシピを「副菜レシピ」として配信。そのレシピの半分ほどは、八木さん自身が提供しています。「食材のことを伝えたり、レシピを考えたり。過去の経験が活かせると、きたきたっ!って(笑)。そういうとこで活かせるのはうれしいですね」
管理栄養士の資格が直接的に使われる場面は限られるけれど、八木さんの食に関する感覚や知識が、発信する内容に自然と溶け込んでいる。それが、ヨシケイ信州の広報に「人らしさ」を添えているのかもしれません。

「ここだったからできた」という確信
半育休という制度は、まだ広く知られているとは言えません。八木さん自身、入社前には聞いたことがありませんでした。
「多分、ヨシケイ信州だったからできていたんですよね。半育休も、リモート勤務も。直属の上司が社長だったので、動きやすかったとは思います」と彼女は言います。社長との距離が近く、日常の会話の中で方針が決まっていく。制度があるだけでなく、それが実際に使える職場の空気があって初めて、制度は意味を持ちます。

第二子の出産を間近に控えた今、八木さんはまた半育休を取るかは決めていません。
「子どもが2人になったときの想像がつかなくて。1人目のときほどうまくいくのか、正直まだわかりません。様子を見ながら、また少しずつ始めてみようって思えたら、半育休のお願いをしたいとは思っています」
同じ道を歩くのではなく、その都度、自分と子どもの状態を確かめながら選んでいく。5年後には、子どもが小学生になるころを見据えてフルタイムに戻したいという希望もあります。「手がかからなくなったら、自分の優先順位もちょっと上げていきたい」とも。
かつて海外旅行のために仕事を頑張っていたという八木さん。ハワイ、グアム、バリなど、海を見ながらぼーっとする時間が好きだという彼女の目が、遠くを見るように細くなります。いつかまた、その時間を取り戻したいという思いが、仕事への意欲とどこかでつながっているようです。
「仕事をしていて良かったなって思えるようになれてたらいいな、と思います。あと、常にわくわくした気持ちは忘れたくない」
遠い理想ではなく、今の仕事の中にある小さなわくわく。それを積み重ねていくことが、八木さんにとっての「自分らしく働く」ということなのかもしれません。
完璧ではなくてもいい、ゆらぎながらでもいい。ただ、目線は前を向いている。その八木さんのあり方は、同じくキャリアに悩む人の心をそっとほぐしてくれるはずです。
八木さんのおまもりアイテム
1.自分へのご褒美の焼き菓子
塩尻市にある焼き菓子店「MINGLE(ミングル)」のクッキーは、毎月買いに行くお気に入りのお店。「かわいい雑貨も取り扱っているお店なんですが、こちらの焼き菓子がとにかくおいしくって。このクッキーが、ちょっとした自分へのご褒美ですね」。
2.仕事スイッチを入れるカフェラテ
在宅勤務のデスクのおともに、豆から挽き、エスプレッソマシンで淹れたこだわりのカフェラテが欠かせない。「今日はやるぞというときに、朝から淹れています。私にとって、仕事のスイッチを押してくれるアイテムになっています」。
この記事は、ヨシケイ信州さまのご協力のもと制作しました。取材内容・構成はLoPa+編集部が独自に行っています。
ヨシケイ信州
撮影・清水美由紀(@uriphoto)
取材、文・ロパス編集部