うまく働けない時期を超えて、出会えたもの。
子どもが生まれて、自分の思うように働けなくなったとき。「キャリアが止まってしまった気がする」と、感じたことはありますか? 松本市内のネイルサロンで働きながら、福祉ネイリストとしても活動するNagisaさんも、そんな時期を経験してきたひとりです。 3歳と5歳の男の子を育てながら、今も働き方を少しずつ更新し続けている彼女に、ゆらいでいたころのこと、そしてその先で出会えたものについて聞きました。

将来の夢はなかった。それでも、ネイルを選んだ理由。
チャーミングな笑顔の奥に、しなやかな意志を感じるNagisaさん。意外にも、「やりたいことも特になくて、将来の夢も何もなかったんです」と笑います。
19歳のころ、とりあえず就いた工場の仕事をしながら、「自分に何かできることはないかな」と考えたとき、思い浮かんだのがネイルでした。
「とにかく美容全般が好きで、細かい作業も得意だったので、向いてるかもって思ったんです。でもそれ以上に、ネイリストって働き方の選択肢が多いなと感じて。サロン勤務もできるし、自宅サロンを開くこともできる。ライフステージの変化にも、柔軟に対応できる仕事なんじゃないかなって」
仕事を辞め、ネイルOKな環境のアルバイトに移り、自力でネイル検定1級とジェル検定上級を取得。勉強しながら働く日々を経て、ネイリストとしてのキャリアをスタートさせて、14年になります。



サロンの特徴は、爪を削らないパラジェル施術。ネイル以外に、ハンド・フットケアにも力を入れている。繊細なニュアンスデザインがかわいいと評判の定額デザインは、スタッフ全員でトレンドを意識したデザインを提案し合うそう。リボンやラインなど、手描きのデザインが得意というNagisaさん。

出産前は、仕事も遊びも「全部つめ込む」毎日だった。
子どもが生まれる前のNagisaさんは、仕事中心の生活を送っていました。
朝は開店1時間前に出勤して準備を整え、夜遅くまで働く毎日。休日はお客様に教えてもらったお店をめぐったり、旅行を詰め込んだり。
「空いた時間を全部楽しみたい、という感じで過ごしていました。充実していましたね」
けれどその一方で、心の奥には漠然とした不安を抱えていました。
「仕事は楽しかったんですけど、結婚や出産、自分の人生についてどう考えるのかっていう不安はずっとありました。なんか、“仕事だけで生きていくのかな”って。それが一番大きかった気がします」
30歳で結婚し、妊娠。そのタイミングで、サロン勤めを辞めることに。長男を出産後、1年ほどで自宅サロンをスタートしました。
けれど、思い描いていた通りにはいかなかったと振り返ります。
「仕事のときは一時保育を利用していました。でも一時保育って、希望する日に必ず預けられると決まっているわけじゃないんですよね。次に預けられる日がまだわからないのに、お客様に予約を入れてもらうことができなくて。子どもが熱を出したら予約をずらさないといけないし、そういう不安がずっとつきまとっていました」

働きたい。でも、思うようには働けない。
「ずっと、『うまく働きたいのに働けない』という感じでした。ネイリストとしてのキャリアが、なんだかストップしてしまった気がしたんです」
美容業界は、働く人の多くが女性です。同じような悩みを抱えながら働いているネイリストは、きっと少なくありません。
「みんな、そういうものとして、心を強く持ってやっているんじゃないかなって思います。私自身も、独身時代のような働き方は、もうできない。でも、積み重ねてきたものは手放したくない。収入も得たいし、自分の時間もほしい。『全部を叶えるなんて無理なのかな』って考えていました」
そんなモヤモヤを抱えながら、Nagisaさんは自分に合う働き方を探していました。


サロンには必ず生花が飾られ、癒やしの空間が広がる。「やっぱり、お花を見ると和みますよね。スタッフみんなで、毎朝準備しています」。
赤いネイルのマダムが教えてくれたこと。
転機になったのは、次男が生まれ、さらに時間が限られるようになったころ。
「“ネイルの仕事ができればいい”という感覚から、“限られた時間だからこそ、もっと価値のある仕事をしたい”と思うようになったんです」
そこで思い出したのが、サロン勤務時代に毎月施術していた80代のお客様のことでした。
「すごくおしゃれな方で。いつも赤いネイルをオーダーされて、雨の日はてんとう虫の柄の傘を差して来られていました。年齢に関係なく、自分の好きを大切にされているその姿を間近で見ていて、こういう方を増やせる仕事ができたらって思ったんです」
その記憶が、彼女を「福祉ネイル」の道へと導いていきます。
福祉ネイルとは、高齢者や介護が必要な方のもとへ出向き、爪を整えるケアをするサービスです。Nagisaさんは2年前に資格を取得し、今はサロンワークと並行して、「sana well nail」としての活動も続けています。

福祉ネイルの施術は、1回15〜20分ほど。爪をきれいにするだけでなく、爪の健康状態を見ながら、その人に合ったケアを行っていきます。
「短い時間ですが、『またやってほしい』『この歳になるとこんな機会がないから、本当に嬉しい』という言葉を聞いたとき、この仕事を選んでよかったと思えるんです」

昭和気質の夫。でも「尊重してくれる人」。
子育てと仕事のあいだでゆれていたとき、だれかに話せていましたか?と聞くと、「主人には話していたと思います」と答えてくれました。
「主人は、『俺が稼ぐから、家のことや子どものことを優先してほしい』っていう、ちょっと昭和のお父さんっぽい考え方の人なんですよ(笑)。でも私の性格とか、やりたい気持ちは、ちゃんと尊重してくれる人で。土日にイベントがあって子どもを頼みたいときはやってくれるし、仕事のモヤモヤも話せる。それがすごく心強くて」
普段からこまめに連絡を取り合い、よく話すというおふたり。
「私、気持ちに正直なので、何でも共有したくなるんです。どう思う?ってよく聞いてます。多分、しつこいって思われてると思うんですけど(笑)」
パートナーの相槌が「ふんふん」だけでも、話を聞いてもらえる場所がある。それだけで、Nagisaさんはずいぶん自分を立て直してこられたといいます。

「ひとりで頑張らなくていい」に、たどり着くまで。
今、Nagisaさんが一番大切にしているのは、心と体の健康を第一に、無理をしないことです。
「以前は、頑張れば何でもできるって思っていたんです。でも子育てが始まると、時間も体力も限られていて。その考え方を持ち続けることが、だんだんしんどくなってしまって」
そこで手放したのは、「自分ひとりで何でもできる」という感覚。今は、人に頼ること、無理をしないことを意識的に選ぶようにしています。

現在勤めるサロンは、ママネイリストが働きやすい環境づくりを大切にしているのが特徴です。子どもが熱を出せばスタッフに声をかけられる。お迎えギリギリになればカバーしてもらえる。「すぐにいってあげてください」と、あたたかく送り出してもらえる環境が、とても心地いいと話します。
「すべてがそういう環境じゃないと思うので、エールになるかわからないんですけど……」。そう前置きしながら、こんな言葉を続けてくれました。
「ライフステージが変わると、自分の意思とは関係なく働けなくなることってあるじゃないですか。でも、じんわり迫ってくる心苦しさに、潰されてほしくない。苦しい思いなく働ける人が増えるといいなって思います」

仕事から学び、子どもに伝えていること。
Nagisaさんには、子どもによく伝えている言葉があるそう。
「どんなことも、一回やってみないとわからない」
この言葉は、Nagisaさん自身が仕事の中で学んできたことでもあります。
もともとコミュニケーションが得意ではないと感じていたNagisaさん。若いころは、そのことに深く向き合う機会はあまりなかったそうです。
「良くも悪くも周りを気にしないタイプの人間でした」
転機になったのは、後輩を教える立場へとステップアップしたとき。指導する中で、うまく伝わらないというもどかしい経験を重ね、気付いたのが「相手にちゃんと興味を持つこと」でした。
「世の中は、自分の軸で回らないこともあると知った経験です。そこからまずはきちんと相手を知ろうと意識するようになりました。でも、自分の立ち位置が変わったからこそ得られたことなのかなって。なってみないとわからないことって、ありますよね。若いころに誰かに気づかせてもらえていたら、もっと楽だったとは思うんですけど(笑)。だから子どもにも、どんなことも一回やってみないとわからないかもしれないね、とは伝えています」

あのころの自分に、声をかけるなら。
インタビューの終盤、揺らいでいたころの自分に一言かけるとしたら?と聞いてみると、少し考えてから、Nagisaさんは静かに答えてくれました。
「ちゃんと出会えたよ。すごいね、Nagisa。そう言ってあげたいです」
自分がどうなっていきたいかを考えて、言葉にしたり発信したりしていると、出会えるものがある。そう実感しているからこその言葉です。
「こうしたい、ああしたいって考えていた方が、進みやすいと思うんですよ。誰かに出会うためにも。実際、今のサロンに勤めるときの面談で、福祉ネイルに興味があることをオーナーに話してみたんです。するとオーナーも興味があったみたいで、sana well nailが動き出しました。私は自分で営業していくことが苦手なので、その部分を任せられる今の環境がとても心地いいんです」
5年後には、子どもたちも少し手が離れているはず。その分できた時間で、もっと深く学んで、福祉ネイルを広められる人になりたい。その先の景色はまだうっすらとしか見えていないけれど、Nagisaさんは確かにそこへ向かっています。
ゆらぎながら、でもちゃんと根づいていく。
Nagisaさんのその歩みが、働き方に迷う誰かの背中を、そっと押してくれるはずです。

Nagisaさんのおまもりアイテム

1.仕事終わりの一杯
「お酒が好きで、毎日飲んでいます。私にとって、最高のリフレッシュの時間」とNagisaさん。ビールは必ず冷蔵庫にストックするのがマイルール。「ワインも好きで、主人と飲んだりも。『休肝日を作ってね』と言われますが、これは守れていません(笑)」。

2.結婚記念日の記念品
毎年、結婚記念日には記念のアイテムを夫婦で選ぶというNagisaさん。このグラスは、1年目の記念日に「あづみ野ガラス工房」で購入。「ガラスが薄くてお気に入りなんです。これでビールを飲んだり。もう販売されていないので、割らないように大切に使っています」。

3.家族の記念写真
今年撮った七五三の家族写真は、レトロな写真館で。「主人の実家の近所のおじいちゃんが撮ってくれたんです。ヘアセットも親戚のおばあちゃんがやってくれて。古風な雰囲気が新鮮で気に入っています」。
撮影・清水美由紀(@uriphoto)
取材、文・ロパス編集部